新プロジェクトXで描かれた、北海道・常呂町とカーリングの物語。
ロコ・ソラーレ誕生秘話をたどっていくと、そこには小栗祐治という一人の大人の、少し不器用で、でもまっすぐな情熱がありました。
オリンピックで輝く選手たちの背景に、こんなにも人の気配があるとは思わなかった、という声も多いのではないでしょうか。
なぜ常呂町はカーリングの町として知られるようになったのか。
じっちゃんの実話はどこまで本当なのか。
本橋麻里をはじめ、兼田良二さん、國分純さん、鈴木夕湖選手、吉田夕梨花選手など、多くの人物がどう関わり、どんな思いを抱えてきたのか。
この物語は、勝利の裏側というよりも、過疎の町がスポーツで変わっていった理由を静かに教えてくれるように感じます。
番組を見終えたあとに胸に残った余韻を、少し言葉にしてみたいと思います。
なぜ常呂町は「カーリングの町」になったのか
常呂町がカーリングで有名になった理由は、最初から計画されていたものではありません。
むしろ、成り行きに近かったようにも見えます。
きっかけは、町の酒屋を営んでいた小栗祐治が、偶然出会ったカーリングに心を奪われたこと。
そこから少しずつ人が集まり、気づけばNHK杯カーリングが常呂町で開催されるようになりました。
ただ、「運が良かっただけ」と片づけるのは少し違う気がします。
環境が整っていなくても続いたこと、寒さを言い訳にしなかったこと。
カーリングの町として根づいた背景には、人がやめなかったという事実があったように思えるのです。
地方の町おこしというと派手な成功例が語られがちですが、常呂町の場合は、静かで、地味で、それでも確かな積み重ねだったのかもしれませんね。
ロコ・ソラーレ誕生秘話の始まり
ロコ・ソラーレ誕生秘話は、華やかなスタートではありませんでした。
むしろ、「このままじゃ続かない」という切実な不安から始まっています。
せっかく育った選手たちが、町を離れざるを得ない現実。
競技を続けるために、地元を諦めるしかない状況は、当時の日本カーリング界では珍しくなかったそうです。
それでも、「ここで続けたい」という思いが形になり、ロコ・ソラーレが生まれました。
勝つためだけのチームではなく、戻ってこられる場所を守るための選択だったようにも感じます。
効率だけを考えれば、もっと楽な道もあったはず。
それでも遠回りを選んだところに、このチームらしさがにじんでいますね。
小栗祐治という人物の情熱
小栗祐治は何者だったのか、と気になる人は多いと思います。
実在の人物であり、かなり破天荒な性格だったことは、さまざまな証言から伝わっています。
じっちゃんの実話は感動的に語られますが、正直なところ、周囲を困らせる場面もあったはずです。
それでも人が離れなかったのは、自分のためではなく、町や子どもたちの未来を見ていたからなのではないでしょうか。
現在も名前が語られる理由は、成果よりも姿勢にある気がします。
「胸がキュンとするかどうか」
この言葉に、本気で生きた人だったのかもしれませんね。
道具も環境もなかった常呂町
番組で印象的だったのが、手作りカーリングストーンの話です。
ガスボンベや墓石を使っていたというエピソードは、半信半疑になりつつも、事実として紹介されています。
普通なら「そんな環境じゃ無理だ」と言ってしまいそうですが、常呂町では違いました。
むしろ、完璧じゃないからこそ、誰でも関われたのかもしれません。
一般論として、スポーツの普及には設備が重要だと言われます。
でも、最初に必要だったのは、上手さよりも楽しさだったのではないでしょうか。
この逆転の発想が、長く続いた理由のように感じます。
小栗祐治の情熱はどう広がったのか
小栗祐治の情熱は、一人で完結するものではありませんでした。
町の大人たち、指導者、保護者が少しずつ関わり、輪が広がっていきます。
誰か一人欠けていたら、続かなかった可能性もあります。
それでも、最初に火をつけた人がいたことは間違いありません。
カーリング町おこしの成功例として語られる理由は、人が人を信じて任せた連鎖にあったのでは、と感じます。
強制ではなく、自然と集まっていたところが、何より大きかったのかもしれませんね。
兼田良二さん(そろばん塾)が果たした役割
兼田良二さんは、そろばん塾を通じて子どもたちと日常的に接していた存在です。
カーリングとは直接関係なさそうに見えますが、実はとても重要な役割を担っていました。
学ぶ場と、遊びや挑戦の場がつながっていたことで、子どもたちは自然にカーリングに触れられたのではないでしょうか。
教育の立場から見ても、スポーツが人を育てる力を感じていたのかもしれません。
数字では測れない成長を信じた大人がいたこと。
それが、町の空気を柔らかくしていたように思えますね。
國分純さん(医師)が支えたロコ・ソラーレ
國分純さんは、地域医療を支える医師でありながら、ロコ・ソラーレを雇用という形で支えました。
これは簡単な決断ではなかったはずです。
反対意見が出てもおかしくありませんし、経済的なリスクもあったでしょう。
それでも、競技と生活を両立させる仕組みをつくった点は、とても現実的でした。
夢を語るだけでなく、続けられる環境を用意したこと。
ここに、この町の本気が表れているように感じます。
鈴木夕湖選手が背負った覚悟
鈴木夕湖選手は、ロコ・ソラーレの中でも安定感のある存在です。
常呂町に戻るという選択は、競技人生として大きな決断だったはず。
都会での可能性を手放す不安もあったでしょう。
それでも挑戦を選んだ背景には、チームへの信頼と、この場所でやり切りたいという思いがあったのでは、と想像します。
結果だけでは見えない覚悟が、今の姿につながっているように感じますね。
吉田夕梨花選手がつないだ未来
吉田夕梨花選手は、ロコ・ソラーレの象徴的存在として知られています。
本橋麻里の原点を受け継ぎながら、新しい世代の顔としてチームを引っ張ってきました。
引退理由や現在の役割が話題になることもありますが、
次の世代が自然に育つ空気をつくった功績は、とても大きいように思えます。
勝つだけでなく、続いていく姿を見せたこと。
それ自体が、未来へのバトンになっているのかもしれません。
小栗祐治が遺した言葉と約束
小栗祐治が遺した「オリンピックでメダルを」という約束。
新プロジェクトXの中でも、心に残った場面だった人は多いでしょう。
約束は希望である一方、重荷にもなります。
それを背負いながら進んだ選手たちの姿に、この物語の深さを感じました。
感動回と呼ばれる理由は、結果だけでなく、そこに至るまでの時間が描かれていたからかもしれませんね。
ロコ・ソラーレ誕生秘話まとめ
ロコ・ソラーレ誕生秘話は、小栗祐治の情熱から始まり、常呂町という場所で、多くの人に受け継がれてきました。
カーリング町おこしの成功例としてだけでなく、過疎の町がスポーツで変わった理由を教えてくれる物語です。
新プロジェクトXが伝えたかったのは、勝利の裏側ではなく、人の選択だったのではないでしょうか。
この物語は、番組が終わったあとも、きっと続いていく気がします。



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